
Sofiya・Kさん ウクライナの状況について
在日25年以上・キーウ出身 ソフィヤさん
※「キエフ」はロシア語。ウクライナ語で「Київ=Kyiv」キーウ
ウクライナでの戦争が長引くにつれて、SNS上では政治的な投稿はあえてしないようにしてきましたが、黙って見ているのにも限界を感じます。
実際にウクライナで今何が起こっているか、ロシアによる侵略は、歴史を知らないと分からない部分も多いです。
長くなりますが、ひとりでも多くの人に実際の状況がどういうものなのかを理解してもらいたく、考えをまとめてみることにしました。
❦まず1点目。そして最も重要な点。
戦争はすでに8年前に始まっています。ロシアはすでにウクライナを8年前に侵略しています。
2014年にクリミアから始まり、東南部のドネツク、ルハンシクでは何万人もの人が戦争で亡くなり、帰る場所をなくしています。
ウクライナの東南地方にいたのは「親露派勢力」ではありません。「ロシア軍」です。
❦2点目。
「クリミアや東の地方では元々、ロシア語を話す人が多く、ロシアに親近感を感じる人が多い」という情報をよく目にするかと思いますが、ウクライナは一つの国です。
そもそもなぜウクライナの一部の地方では「ロシア系ウクライナ人」が多いのかを理解してください。
日本ではあまり知られていませんが、第2次世界大戦前にスターリンは「ホロドモール」というジェノサイドを実行し、ウクライナ人が独立できないように、計画的に餓死させています。私の祖父母などの体験談を聞くとあまりにも過酷で、スターリン政権は最低限の食物も奪い取り、国境から逃げようとする人は射殺され、1,000万人もの人を命を奪いました。
当時、独立意識が高かった東や南の地方では、その影響は特に大きく、元々住んでいたウクライナ人はスターリンによって大量虐殺され、その代わりにロシア人の住民が送り込まれています。
クリミアも同様です。クリミアは元々「クリミアタタール人」が住んでいましたが、ほとんどがシベリアに強制移住させられ、多くの人の命が奪われています。追放したクリミアタタール人を入れ替えるかのように、ロシア人が送り込まれたことから、今ではロシア系住民が多いのです。8年前クリミアがロシアに占領された後、クリミアタタール人は命に危険を感じながら生活をしています。
❦3点目。
「ウクライナではロシア語が禁止され、ロシア系住民が反発している」なども残念ながら報道されています。
これはうそです。私の実際の経験から話をすると、ウクライナに帰ると必ず、どこかではロシア語で話かけられます。
❦4点目。「ウクライナは独立国家」です。
ウクライナはロシアの言う通りにすべき、アメリカの言う通りにすべきと言う議論をする前に強調したいのは「ウクライナが独立国家」であることです。自分の国を守るために何をすべきで、自分の国民が安心して生活できるように何をすべきかの決定権はウクライナにあります。ウクライナは単純に「自分」の国民が「自分の国の中で」平和に暮らしていけることを実現しようとしているだけです。平和以外何も望んでいません。
日本には日本のことを決める権利はありますよね。アメリカにもその権利があって、ロシアにもその権利があるのに、なぜウクライナはその決定権はないのでしょうか?なぜロシアの言いなりにならないといけないのでしょうか?
あまりにも理不尽ではないでしょうか?
2014年まではウクライナは日本と同じく、一切戦争をしてこなかった国です。
1994年に「ブダベスト覚書」に署名しています。ロシアを含む協定署名国が、ウクライナの既存の国境を尊重することを条件に自ら核兵器を手放しています。核兵器を手放すことによって国境を尊重してもらうことを約束されたのに、簡単にその約束を破られると今後、自ら核兵器を手放す国ははたしてでてくるのでしょうか?
今のロシアのさらなる侵略を許せば、軍事力によって他の国の乗っ取ることに対してGOサインを出すことになります。
そうなると、各国の安全は今まで通りに保証できるのでしょうか?








【写真】
数年前におばあちゃんが住んでいた地域の昨日(3月2日)の写真です。
子供のころ、ウクライナに帰ったときに遊んでいたところ。
ロシア政府は今でもこれが、「特殊軍事作戦」だけであって、民間人に対しては攻撃していないと、、、
すでにロシア軍の攻撃によって16人の子供が亡くなっている。
ロシアが攻撃をやめると戦争はなくなる。
ウクライナが戦うのをやめるとウクライナがなくなる。
ウクライナ 国歌
「ウクライナは滅びず」
Ще не вмерла України
現在のウクライナが投影されているような歌詞
1.
ウクライナは未だ滅びず
その栄光も 自由も
同胞よ 運命は
我らに再び微笑むだろう
我らの敵は
太陽の下の露の如く消え
我らは国を治めよう
我らの地で
魂と身体を捧げよう
我らの自由のために
そして示そう
我らがコサックの子孫であることを!
2.
同胞よ 戦場であろうとも
我らは立とう サン川からドン川まで
我らは認めぬ 他者による支配を
黒海は微笑み
父なるドニプロ川は歓喜に満ちる
ウクライナでの
幸運の再来に
魂と身体を捧げよう
我らの自由のために
そして示そう
我らがコサックの子孫であることを!
3.
我らの忍耐と 誠実なる努力は報われ
自由の歌は ウクライナの地に響き渡る
その歌はカルパチア山脈に反響し
草原にも鳴り響く
ウクライナの名声と栄光は
すべての国に知られるのだ
魂と身体を捧げよう
我らの自由のために
そして示そう
我らがコサックの子孫であることを!